小説「人生を変えたシマビト」第二章

2016.06.04

小説「人生を変えたシマビト」第二章

ある日のこと、二人とも珍しく早く仕事を終え、帰りしなに最近人気のイタリアンバールに軽く食事に行き、二人で色々と語り合った。当然、例の建築設計事務所の「シマビト」についても。彼とゆっくりと話ができるのは久しぶりだ。

僕「あれ見たか? なんか…あれ見て、なんかこないか?」

優作「ああ きたね。あれからずっと気になり、話が聞きたいと思っているよ」

僕「今度さ 一緒に行かないか? あの建築事務所に」

優作「いいね」

二人とも仕事以外だと、かなりぶっきらぼうな会話になる。周りから見ると会話らしい会話なんかしている様子に見えないが、二人の中ではどうも通じるようだが、今回の事は、言葉というコミュニケーションでは上手く表現出来ない何かが二人の心を支配していた。そんな沈黙をしている二人の席に、この店のオーナーシェフであるイタリア人が、やたら馴れ馴れしく陽気な態度でやってきた。まるでダンスをするように、いや歌を唄うようなリズムで。

「お二人さん〜元気ないね〜もっと楽しみ〜ましょう〜 人生は一回しかありませ〜ん」

馴れ馴れしい上に、妙な日本語で説教じみたことをいいやがると、二人して睨みつけようと顔を上げた瞬間…なんと! 入社してイタリア行きが決まった時にイタリア語を習った先生のフェデリコじゃないか!何年ぶりだろう。確か、13年いや14年前か…と考えている間もなくフェデリコが今度は達者な日本語で真面目な顔をしてこう言った。

「よう 久しぶりだね。なんだお前達、元気無いじゃないか。いつも笑顔で明るくしないと駄目だと以前に教えたよな…イタリアに数年住んでいたから、イタリア人の人生の楽しみ方をしっかり学んだと思っていたが、どうもそうじゃないようだね。何があったかしらないが、俺が相談に乗るよ」そう言って、またいつもの陽気な笑顔に戻って僕達の席に加わった。

全ての会話をここで話すと恐ろしいぐらいのワード数になるのでカットするが、彼が言いたかった要点をまとめると、

「とにかく家族を大事にしろ」「家族と共有する時間を沢山とりなさい」「仕事をしっかりして遊びもしっかりしろ」「お金も大事だが時間や空間も大事だ」「女にモテる努力をしろ」

最後のは、やはりイタリア人らしいと思ってついつい笑っちゃったが、でもフェデリコは確かにこの日本で全てを実践している。人生を本当に楽しんでいるように見える。しかも、僕達が生活しているこの日本で。今の悶々としている僕達から見ると、彼が光り輝いているように見えた。それは、彼の頭のせいだけでは無い、内面から発する輝きを。

その後、昔話しや車や時計、洋服など…たわいもない話をし、ワインボトルを4本空けようやく気持ち良く酒が回ったあたりで、黙ってフェデリコと僕の会話を聞いていただけの優作が重い口を開いた。

「フェデリコ 人生って一回だよな この家族も世界で一つしかないよな…」フェデリコは一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに満面の笑みで深く頷きこう言った。

「優作、雅人… もう決めてるんだろ お前達が悩んでいることを。ただ、誰かに背中を押して欲しいだけだろ」と。

オーナーシェフのフェデリコ

アッラ・ディアーヴォラ

そう言ってそそくさと店の奥に消えてしまった。 なんか中途半端な感じだなと目で会話し、残ったアッラ・ディアーヴォラを乱暴に口を掘り込み、ワインで飲み干した。

それから約10分ぐらい経っただろうか。手にいっぱいの写真や資料らしき紙を持ってきた。まるで子供のような表情で。(第三章につづく)